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東京地方裁判所 平成5年(ワ)149号 判決

原告

甲北乙子

右訴訟代理人弁護士

亀井美智子

被告

小山商事株式会社

右代表者代表取締役

乙谷丙巳

右訴訟代理人弁護士

鈴木祐一

野口政幹

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇六五万〇六一八円及びこれに対する平成五年一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三五六五万〇六一八円及びこれに対する平成五年一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告会社の従業員であった原告が被告会社に対して雇用契約に基づき平成三年一月分から平成四年二月分までの未払給与合計二〇六五万〇六一八円及び退職金一五〇〇万円とこれらに対する弁済期経過後の遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  被告会社(当時の代表取締役は乙谷乙夫)は、不動産売買の仲介、不動産の賃貸を主たる業務とする会社である。

2  原告は、被告会社に雇用され、平成四年四月五日ころまで(その後については争いがある。)被告会社に出社して経理事務を担当していた。原告は、その一時期には、乙谷乙夫と肉体関係を持っていた。

3  被告会社の給与は、毎月二五日締切り、同月末日の前日払いである(弁論の全趣旨)。原告の給与(月給)は、昭和六一年二月分から月額一五〇万円に増額改定された。

4  被告会社は、長谷房子が昭和五九年九月一〇日取締役を辞任した際、同人の当時の本給の一〇か月分を退職金として支給し、細野猛が昭和六〇年九月二六日取締役を辞任した際にも、同様に同人の当時の本給の一〇か月分を退職金として支給した。

二  争点

1  未払給与の請求について

(一) 原告は、給与月額一五〇万円全額を雇用契約に基づく労働の対価として請求することができるか。

(原告の主張)

原告は従業員でありながら、実質は副社長ない専務取締役の業務を行っていたのであるから、月額一五〇万円は、その労働に対する相当な対価である。給与が昭和六一年二月分から月額一五〇万円に値上げされた理由は、原告が右のように重要な職務を行うようになったことと、会社の利益が伸びたためであって、右給与が後記の被告会社主張のような性質を有するわけではない。原告と乙谷乙夫が特別の関係を持ったのは、昭和五七、八年ころからであって、原告の給与が一五〇万円に上がった時期と一致しないし、右関係は平成二年春ころまでであったのに、原告がそれ以降乙谷乙夫から給与の減額の申出を受けたことはなかった。しかも、一五〇万円は乙谷乙夫個人ではなく、被告会社から支払われている。

(被告会社の主張)

原告が昭和五七年にパートタイムの従業員として被告会社に入社して以来、当初の給与一〇万円から順次昇給し、昭和六一年一月には五〇万円に昇給した。ところが、原告は、そのころ、乙谷乙夫と肉体関係を持つようになり、昭和六一年二月分から急に給与が一五〇万円に上がった。したがって、この一五〇万円という金額には労働の対価と、原告と乙谷乙夫間の特別の関係に基づく対価という二つの性質が含まれている。したがって、未払給与として一五〇万円全額を請求することはできないというべきである。

(二) 原告は、本件の給与請求にかかる期間、被告会社で稼働(債務の本旨に従った労務を提供)したかどうか。

(原告の主張)

原告は、会計事務所の指導のもとに会計帳簿の記載その他の経理処理を正確に行ってきたのであって、使途不明金などは存在しない。

(被告会社の主張)

原告は、平成三年ころからは、まともに会計帳簿への記入を行っておらず、単に被告会社に入金されてきた金銭を何らの計画性もなくその都度支払期が迫っている債務の弁済等に充て、しかも、このような経理処理について乙谷乙夫に全く相談しなかった。そのため、多くの使途不明金が存在する。したがって、原告は、本件の給与請求にかかる期間については、被告会社で稼働したとはいえないから、ノーワーク・ノーペイの原則により、原告の給与請求は理由がない。

(三) 被告会社は、原告に対し、原告の本件請求にかかる期間の給与を支払ったか。

(原告の主張)

被告会社は、原告に対して右期間の給与を支払わなかったので、原告は、その間、借入れにより生計を維持してきた。

なお、平成三年一月分から同年九月分までの原告に対する未払給与一三一五万〇六一八円が存在することについては、被告会社の同年九月の決算書にその旨が記載されていることから明らかである。

(被告会社の主張)

原告は、毎月住宅ローンの支払に三〇数万円を要していたはずであり、給与の未払が事実であるとすれば、右住宅ローンを含めた生活費をどのように工面していたのか疑問である。この点からも、原告の給与は支払済みであることが明らかである。

2  退職金の請求について

(一) 被告会社において、退職金として退職時の本給の一〇か月分を支給する慣行が存在し、それが被告会社と従業員間の雇用契約の内容となっていたかどうか。

(原告の主張)

退職金の支給を受けた長谷房子及び細野猛は、形式上は取締役であったが、実際には従業員として被告会社の事務に従事していた。

(被告会社の主張)

被告会社は、右両名の退職以降に退職した二二名の役員又は従業員に退職金を支給したことは全くない。したがって、被告会社において退職金を支給する慣行はない。

(二) 原告が被告会社を退職したかどうか。

(原告の主張)

原告は、平成四年五月の連休明けに、被告会社代表取締役乙谷乙夫から口頭による退職勧告を受けたので、これを承諾し、被告会社を退職した。したがって、原告と被告会社間の雇用契約は、合意解約により終了した。

(被告会社の主張)

原告は、被告会社を退職していないから、原告の退職金請求は理由がない。原告は、取引先との金銭トラブルについて被告会社から詳細な説明を求められたところ、その後被告会社に出社せず、今日に至っているのである。

第三争点に対する判断

一  争点1(未払給与請求)について

1  賃金として請求し得る金額

原告の給与が昭和六一年二月分から月額一五〇万円に増額改定されたことは前記第二の一3のとおりであり、そうすると、原告の本件請求にかかる期間のうち、平成三年一月分から同年九月分までの給与債権額は、原告主張のとおり一三一五万〇六一八円(この金額は、一五〇万円×九か月=一三五〇万円を超えない。)とするのが相当であり、また、同年一〇月分から平成四年二月分までの給与債権額は七五〇万円(一五〇万円×五か月)となる。

被告会社は、右一五〇万円には労働の対価としての性質以外に、原告と乙谷乙夫との特別の関係に基づく対価の性質がある旨を主張している。しかし、原告本人尋問の結果によると、原告と乙谷乙夫が肉体関係を持ったのは、昭和五七、八年ころであるというのであるから、給与を一五〇万円に増額した時期とは符合せず、被告会社主張のような特別の関係に基づく対価であるとは認め難いし、仮にそのような一面があるとしても、これを労働の対価と金額的に区分することはおよそ不可能であって、結局、被告会社の一部棄却をすべき旨の主張は採用することができない。

2  債務の本旨に従った労務提供の有無

被告会社は、原告が債務の本旨に従った労務を提供しなかった旨を主張している。しかし、原告本人尋問の結果によると、原告は、原告の未払給与請求にかかる期間、被告会社に出社し、玉置会計事務所の公認会計士の指導のもとで、会計帳簿の記帳、入出金の取扱いなどを含む経理全般の業務を経理担当者として普通に行っていたことが認められ、そうすると、原告は、債務の本旨に従った労務を提供していたといえるのであって、原告の給与債権は発生したというべきである。被告会社は、会計帳簿の記入の不備や使途不明金の存在を指摘しているが、証拠上、そのような事実は認められない。

3  被告会社の弁済の有無

本件において、被告会社が原告の請求している給与を原告に支払ったことを認めるに足りる的確な証拠はない。因みに、平成三年一月分から同年九月分までの原告の給与については、被告会社の平成三年九月の決算書(玉置会計事務所公認会計士作成)に一三一五万〇六一八円が未払である旨が記載されている(〈証拠略〉)。

被告会社は、給与が支払済みである根拠として、未払であれば、原告が生活費をどのように工面したか疑問であるとしているが、証拠(〈証拠・人証略〉)によると、原告は、大東京信用組合などの金融機関から個人で融資を受けるなどして生活費を捻出していたことが認められるのであるから、被告会社の主張は理由がない。

4  以上のとおりであるから、原告の未払給与の請求は理由がある。

二  争点2(退職金請求)について

原告は、被告会社において従業員が退職する場合、退職金を支給する慣行があったと主張しているが、本件に顕れた証拠を子細に検討しても、そのような慣行を認めることはできない。

もっとも、長谷房子及び細野猛が取締役を辞任した際、各人の本給の一〇か月分に相当する退職金が支給されたことは前記第二の一4のとおりであるが、本件において、原告主張のように、右両名の取締役の地位が形式的なものにすぎず、実際には従業員であったと認めるに足りる証拠はないし、また、同人らに対する退職金の支給の事実をもって、退職金を支給する慣行が存在するとは到底いえない。

そうすると、原告の退職金請求は、原告が被告会社を退職したかどうかの点について触れるまでもなく、排斥を免れない。

三  まとめ

以上の次第で、原告の本件請求は、平成三年一月分から平成四年二月分までの未払給与合計二〇六五万〇六一八円及びこれに対する弁済期経過後である平成五年一月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

(裁判官 小佐田潔)

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